2020/07/24
皆様こんにちは。ギャッベアートギャラリーの高橋大和です。
もう早いもので私が入社してから三ヶ月半以上が経とうとしています。六月から再開したギャッベ展では様々な地域の会場、お客様と触れ合うことが出来、大変刺激的な経験でした。より良い接客やおもてなしが出来るよう、まだまだ勉強中の日々であります。忙しい日々を送っていたということもありまして、久しぶりのブログの更新となります。お待ちしていた方がおられましたら、大変お待たせいたしました。今回は絨毯だけでなくイランという国そのものの入門書といえる本です。
今回紹介する本はこちら 『イランを知るための65章』
この本は明石書店のエリア・スタディーズというシリーズものの一冊であり、世界各国の特定の国・地域について歴史や文化など様々な側面から解説がされるシリーズです。イランを含めた中東地域一帯は日本から遠く、私たちにとってなじみの深い場所とはいえませんよね。いまだに私の両親はイランとイラクの区別は出来ないですし、私だってそうでした。この本はそうした「イランとはなんぞや?」という方々にぴったりの一冊になっています。この本は大きく①文学・言語 ②芸術 ③宗教 ④歴史 ⑤地理・風土・民族 ⑥政治・経済・社会 ⑦生活文化 ⑧日本とイラン の8つのジャンルに分けられており、合計で65章の項目について書かれています。65章と聞くと「多いよ!」と思われる方もおられるやも知れませんが、この本の1章は長くて10ページもありません。65章も有るのですから興味を引かれる章が必ずあるはず。まずはそこを読むことでイラン理解の一歩目にすることをオススメします。当然絨毯について書かれた章もありますよ。今回はそのなかから私が「面白いな」「意外だな」と感じた章について紹介していければなと思います。
まずは第19章から、『模様は歴史を語る―ペルシア絨毯』
ギャッベを含めた絨毯はイランを象徴する文化の一つといえますので、当然この本の中でも紹介されています。特にここで取り上げられているのが絨毯を製作する彼、彼女らが絨毯の模様の中にどのような意味を持たせ、織り上げようとしたのかという点です。まず最初に絨毯はイランだけでなく、トルコやコーカサス地域、中央アジアから中国まで様々な地域で製作されていますが、イランの絨毯にはそれらの地域と比較して曲線的な模様がしばしば使用されるといった特徴を持っていることが指摘されます。そこにはまずイラン人たちが曲線を織り描くために様々な技術的な改良を加えたことが指摘されていますが、そもそもなぜイラン人たちは曲線模様を描く必要があったのか。それは絨毯が細密画(ミニアチュール)やモスクに用いられるタイルなど曲線を多用した様々な装飾芸術から模様・デザインを取り入れたことに深く関係しています。優れた装飾芸術を絨毯で表現するためにはより細かな絨毯を作ることが必要とされたわけですね。そうした文様がボテ文様(ペイズリー文様)であったり、パルメット文様や唐草文様であるわけです。現在ではイラン以外の地域においても曲線を多用したデザインで絨毯が製作されています。ただより良い絨毯を生み出そうとする探究心やその過程で培われた高い技術力によって生み出されたペルシャ絨毯は、やはり他の地域と比較しても特別なものがあるように思えます。
次に紹介するのは第43章『携帯電話がほしい!―ガシュガーイー遊牧民』
とーっても興味を引かれるタイトルですので紹介させて頂きます。まずわれわれが販売しているゾランヴァリーギャッベを製作していることでも知られているガシュガーイー族(カシュガイ)ですが、その人口はこの本によると約40万人弱。そのうち遊牧を行っている数は大体4分の1程度であるそうで、これはイランに暮らす他の部族と比べても非常に高い数字であるようです。彼らは一年を夏と冬に分けて居住地の移動を行い羊やヤギの遊牧に最も適した土地へ移動を行います。ちなみに一つのテントで最大200頭もの家畜を飼っていることもあるそうで、にもかかわらず1頭居なくなっただけでどのヤギか羊かが居なくなったかわかるといわれています。末永さんや佐藤さんが売れたギャッベにすぐ気づくのと同じようなものでしょうか。さてこうした生活をする中で必要になってくるのが携帯電話です。長くて500キロにも及ぶ移動を行うガシュガーイーにとって情報はものすごく価値のあるモノです。現に私がお会いした遊牧民の子供たちも携帯電話には慣れている様子で気さくに写真を撮ったり、ゲームで遊んだりしていたことを良く覚えています。毎年の移動を義務付けられている彼らにとっては便利で持ち運びしやすい携帯電話は必需品であり、数少ない娯楽になりつつあるのかもしれませんね。
最後に第56章の『一般行事は太陽暦・宗教行事は太陰暦で―暦の変換』
この仕事についてから特にオールドギャッベの中でペルシャ数字の書かれたモノをよく見かけるようになりました。そのうちの多くは製作年を織り込んだものです。例えば「۱۳۷۴」と絨毯に織り込まれていたとします。知っておられる方もおられるかと思いますが、ペルシア語やアラビア語は日本語と異なり右から左へ向かって読む言語です。ただし数字は例外的に私たちと同じように左から右へと読みます。この数字をインターネットとかで調べてみると「1374」になるはずです。もしこの数字が絨毯に書かれていたのならこの絨毯は今から600年以上前に織られたものかもしれない、と思ってしまうかもしれませんね。イランで古くから使用されている暦にはいくつか種類が存在しています。イラン民族最初の暦といわれるのがオールド・アヴェスター暦と呼ばれるもので太陰太陽暦と呼ばれる様式を使用したものです。現在のイランを含めたイスラーム地域で幅広く使用されているのはイスラーム暦と呼ばれるもので、これは預言者であるムハンマドがメッカからメディナへ移動(ヒジュラ)を行った西暦622年を元年とする暦です。現在でも私たちによく知られている一ヶ月間の断食やメッカへの礼拝月などはこの暦によって定められています。ただしこの暦は太陰暦なので毎年少しずつずれが生じてしまいます。現在のイランで使用されている暦はジャラーリー暦というものを改良した太陽暦が使用されています。私たちの暦と大きく違うのはイランでは3月の春分の日を元日(ノウルーズ)としているという点です。またイスラーム暦とは月の呼び方も違っているのが面白いところですね。大雑把にいえばこの暦に621を足したら大体の西暦を計算することが可能です。なので前述の「۱۳۷۴」は「1995年」ないし「1996年」をさすことになります。もし絨毯に数字が書いてあったら621を足してみると大体の年代がわかるかもしれませんね。
このようにこの本ではイランに関する様々な事柄について書かれています。イランはとても歴史のある国であり、その中でさまざまな文化が生まれ現代にまで引き継がれてきた国です。歴史に興味のある人なら歴史を、美術に興味のある人なら美術を、現代の彼らの生活に興味があるなら生活文化を、といったように様々な角度からイランを紐解くことが出来る一冊です。これまでに紹介した本に比べると非常に手に入れやすいので機会があれば是非呼んでみてください。
それでは失礼致します
高橋大和